ヒトリゴ島

生きとし生ける、ひとりごと。

曝け出すこころ【17-4-2】

テンムスが目を覚ますと

そこは見知らぬ部屋だった

霞む視界の端に

窓辺を見やる人影が見えた

 


 ん…ヴリテリー?

 


テンムスは目を擦りながら

ぼそりと呟いた

 


人影はこちらが目を覚ましたのに

気がついたのか

ゆっくり近づいてきた

 


 お目覚めかな?

 


テンムスに微笑みかけた人物は

中世的な顔立ちで

性別を判断しかねる程だった

 


テンムスは身構えたが

その人物はビックリして

後ずさった

 


 あぁ、そうなるのも無理はないよね

 けれどもわたしはきみの敵ではないよ

 


両手を挙げて

敵意がないことをアピールしていた

 


 証拠は?

 アナタがわたしの敵ではないという証拠は

 どこにあるのかしら?

 


目の前の人物は

困ったように笑いながら

申し訳なさそうに

来ていた服を脱ぎ始めた

テンムスは身構えながら見ていたが

どんどん裸に近づいていくので

少し焦ってきた

遂には全裸になって

 


 コレで良いかな?

 


恥ずかしそうに手を上げた

 

 

 

紛れもなく男性だった

窓から差し込む光も相まって

どこか神秘的な出立ちだった

後光が差しているかの如き様相を呈していた

 


体格でも性別は判断しかねたため

すべて曝け出して分かることもあるのだと

テンムスは妙に冷静になったが

急に恥ずかしさが込み上げてきて

赤くなった顔を静かに両手で覆った

 

 

 

 


そして彼女が自分もまた

裸であるということに気がつくのは

もう少し後の瞬間である

 


── すべて曝け出した先に、地底帝国の詩。

モグラのような生活のなかで【17-4-1】

オーディションの結果発表から日を待たず

早速新作演劇の稽古が始まった

 


不朽の名作の念願の舞台化ともあり

各方面からの注目が集まっていた

 


テンムスは

そんな新作演劇の主演を任された

新人女優ともあり

メディアはこぞって彼女を特集した

二十歳にも満たない可憐な少女の姿は

すぐさま薄汚れた目をした老害たちの

恰好の餌食となった

 


テンムスは

そんなこともあって

おちおち街には出られなかったのだ

一先ずヴリテリーの家に

居候させてもらってはいたが

買い物すら

ろくに行くことは出来なかった

稽古に行く時だって

人目を憚って

身を隠しながら

すぐさまマシンに飛び乗った

 


自分で家を借りる方が

よっぽど友人には

迷惑が掛からなくて良いのだが

この時のテンムスは

もう既に

そんなことも叶わないほど

街中では有名人になってしまっていた

 


稽古の厳しさと

プライベートの窮屈さも相まって

テンムスは極限状態の

精神ストレスに晒されていた

この頃は心力もまともに働かず

勾玉も言うことを利かなくなっていた

 


しかしながら

思い出すのは母との記憶だった

自分が今何故この状況に

置かれて苦しんでいるのか

思い出すことで

辛うじて意識を保つことが出来たのだ

 


そんな日々が続いたある日

彼女は街の道端で倒れ込んでしまった

過労が祟ったのだ

 


 あぁ、終わりだわ…

 今まで積み重ねてきた何もかもが

 一瞬にして崩れ落ちた…

 この街で、わたしの旅は終わりね…

 ごめんね、ダンジョウ…博士…

 身勝手なわたしを許して頂戴…

 


── 薄れゆく意識のなかで、地底帝国の詩。

 

楽団への入団【17-3-4】

タヅクリは

 


楽団の門の前に立っていた

 


 "うぅ…、緊張するのぅ…

 こんなに緊張したのはいつ以来じゃ?

 確か、思伝石の発見を発表した時じゃから

 だいぶ前になるのぅ…"

 


タヅクリは回想に浸りながら

楽団の門を叩いた

 

 

 

翌日、音楽団の練習風景のなかには

タヅクリの姿があった

 


── 生半可な気持ちじゃ居られない、地底帝国の詩。

シンデレラストーリー【17-3-3】

ブルードゥウェイのコンサートホールでは

新作演劇のオーディションが

粛々と執り行われていた

 


テンムスは

もちろん演技はおろか

歌唱の経験さえもなかった

周りの人々が行う様子を伺いながら

ミュージカルというものの雰囲気を

肌感覚で探っていたのであった

 


するとどうだろう

まさかのオーディションに

合格してしまったではないか

 


経験が無かったことが

功を奏したのか

恐らく自然体で挑めたのだろう

 


しかしテンムスは内心

裏で糸を引いている人物の存在も

疑わずにはいられなかった

 


ヴリテリーは

テンムスを祝福しながらも

複雑な心境だった

 


ミリンダは勿論怒り狂っていた

 


兎にも角にも

新作演劇の主演女優は

リンゴスことテンムスに決定したのであった

 


── その階段は栄光へと続くか、地底帝国の詩。

ニヴィタシィのパンチ【17-3-2】

バツン!

何かを裁断したような音が

辺り一面に拡がった

 


 〜〜〜!

 


ニヴィタシィのパンチを

一撃食らって

悶えるダンジョウ

全身が痺れていた

 


 ニヴィタシィさんは

 なんでこんなに強いパンチが撃てるのに

 試合に出ないんですか?

 

 

 

 オレは右目が見えねぇんだ

 試合中に負傷してな

 失明しても、心力で補えるやつも

 いるようだが

 オレにはその才能は

 からっきしなかった

 オレにはグローブを作ることしか

 才能がなかったんだ

 


 やっぱり

 そういうリスクもあるんだ…

 でも心力には

 そういった使い方もあるんだね

 


ニヴィタシィは

自分の過去を聞かされて

この少年が落ち込むと思ったが

何故だか

却って勇気をもらった気がした

 


── まるで鋭い針、地底帝国の詩。

 

ダンジョウのパンチ【17-3-1】

 筋トレはやめだやめだ

 ダンジョウ、全開だ

 心力フルスロットルで

 スパーリングやっぞ

 


 よ〜し、がんばるぞ〜

 


ニヴィタシィのトレーニングルームには

もちろんリングも併設されている

ボクシングのリングとは異なり

八角形となっている

コーナーは宙に浮いており

そこから光のロープが延びている

 


ダンジョウはすぐに

レーニング器具を放り出し

手に勾玉をはめた

 


はじめはブワッと

大きくグローブが膨らんだが

徐々に手を包むほどの大きさまで

縮小していった

 


ニヴィタシィは

グローブをミットの形に変え

ウォーミングアップを始めた

 


 これ当たっても大丈夫?

 身体真っ二つになったりしない?

 


ダンジョウは

リングロープの心配をした

 


 あぁ、大丈夫だ

 グローブ用の勾玉と同じ

 心力光が出ているから

 触ってもあったかいだけだぜ

 


 よかった…

 その点安心したよ

 


ダンジョウも見よう見まねで

ウォーミングアップを始めた

 


 よし、じゃあ

 とことん打ち込んで来い!

 

ダンジョウの周りには

湯気のような

はたまた蜃気楼のようにも見えるものが

ゆらゆら立ち込めていた

 


前のめりに突進して来る

ダンジョウを見て

ニヴィタシィは思った

 


 "コイツ…、頭から突っ込んで来やがった!

 しかもノーガード!

 マッチなら一撃でやられるぞ!

 でも…、この態勢は利用出来るな…!"

 


ニヴィタシィのミットに

ダンジョウのパンチが

二、三ヒットした

 

 "戦闘のセンスはあるかも知れないな…!"

 ダンジョウ!

 頭が下がりすぎだ!

 下からやられるぞ!

 

ダンジョウは上へ向き直った

また二、三パンチを撃ったが

先ほどよりも

確実にパワーが落ちていた

 


暫くすると

ダンジョウはスタミナ切れを起こし

地面にへたり込んでしまった

 


 おいおい、そんなんでどうする

 試合はもうすぐなんだぜ?

 ちょっと休んだら

 今度はお前がミット持て

 


ニヴィタシィは

ダンジョウを休ませた

 


── 試合前期間の焦燥感、地底帝国の詩。

イカサマ・トレーニング【17-2-4】

ニヴィタシィは頭を抱えていた

 


ダンジョウが思いの外

ウエイトを持ち上げられないこと

 


このままいくとスパー

もまともに出来ないかもしれないと

不安を感じ始めていた

 


 ニヴィタシィさん

 これ、マジできつい

 


レッグプレスのマシンに至っては

重りをつけていない状態で

持ち上げられなかった

 


 "オレはどうすりゃ良いんだ?

 もしかしてマジに触れちゃいけないものに

 触れちまった気すらあるぜ

 いや、オレはいつでも

 自分を信じてここまで来たんだ

 オレならやれるさ"

 

 おい、ダンジョウ

 分かった

 やり方を変えよう

 ちょっと試合中の負担は増えるだろうが

 お前にゃあきっと、

 とっておきの方法だぜ

 


ニヴィタシィは

薄ら笑いを浮かべて

得意気にダンジョウに言った

 


 お前の心力を信じて言うぜ

 常に前回で出しておけ

 グローブを作った時に感じだが

 きっとお前の心力が

 底を尽きることはないのだろう

 ただその前に身体が

 悲鳴をあげるだろうから、消耗戦だ

 なけなしの筋力を

 心力で補うんだ

 


── 元経験者の名案、地底帝国の詩。