ヒトリゴ島

生きとし生ける、ひとりごと。

高飛車の魔女【17-2-3】

ブルードゥウェイにある

コンサートホール

リンゴスことテンムスと

ヴリテリーは

オーディション会場へと入った

 


 なんとかギリギリね

 

ふたりはへとへとになりながらも安堵した

 


そこへミリンダがやってきて

ふたりを軽く見下ろした

 


 あら、この街のヒトの服装にしては

 貧乏臭い服装ね

 


ミリンダは明らかにテンムスの方をむいて

嫌味を言い放った

 


テンムスはこの街の文化を

まだあまり良く知らなかったので

ミリンダの言葉には

ピンと来なかった

 


しかしながらヴリテリーは

テンムスが傷つくことを恐れて

ミリンダに反論してみせた

 


 そうかしら?

 あなたの口から出る言葉の方が

 よっぽど貧乏臭いわよ?

 


 何を〜、このど素人の小娘!

 現役舞台女優の力の差を

 思い知るがいいわ!

 そして咽び泣きなさい!

 


ミリンダは捨て台詞のようなものを

ヴリテリーに向かって吐き捨てると

スタスタどこかへ行ってしまった

 


 プライドが高いというか

 なんというか…

 女優はああでないと

 やっていけないものなのかしら

 そんなの嫌だわ

 


 ねぇ、ヴリテリー

 貧乏臭いってどういうこと?

 わたし何か匂っていたかしら?

 


ヴリテリーはずっこけてしまった

テンムスは貧乏臭いの意味が

分かっていなかったようだ

その後、

お花のいいにおいがすると伝え

服装に関しても褒めちぎった

 


──女同士の争い事、地底帝国の詩

タヅクリの決意【17-2-2】

 タヅクリさん、

 もしよろしければ

 やるからには

 目標を決めてみませんか?

 例えばコンサートに出るとか…

 音楽団に入団するとか

 


 そうじゃなぁ

 音楽団はどんな場所で

 活躍するんじゃろ?

 


 コンサートホールや

 ブルードゥウェイの舞台でも

 演奏することがありますよ

 


 ブルードゥウェイ?

 

 ブルードゥウェイは

 この街にある摩天楼で

 北西の都市最大の

 ミュージカルの街です

 


 ワシにもそんな舞台に

 立てる日が来るのかのう

 

タヅクリは

遠くを見ながら

呆れたように笑って言った

 


 あなたが願うのなら

 夢はきっと叶いますよ

 やらないで後悔するより

 やって後悔した方が

 もっと自分を

 好きになることが出来ます

 


タヅクリは

何かを悟ったかのように

突然立ち上がり

宣言を始めた

 


 ワシは音楽団に入ることにするぞ

 この素晴らしい楽器を

 大きな舞台で奏でてみたい!

 徹底的に基礎練習からじゃな

 師匠、よろしく頼みます

 


 師匠だなんて、そんな…

 


タヅクリは

音楽団に入隊することを

決意したのであった

 


── 誰かの後押しも時には必要だ、地底帝国の詩。

玉虫色の音色【17-2-1】

 すー

 すー

 


タヅクリは早速

受け取ったロックスを

吹き始めたが

音は鳴らなかった

 


 タヅクリさん

 ただ息を吹き込むだけでは

 この楽器は鳴りませんよ

 下唇を下の歯に当てるようにして

 巻き込み

 上唇をマウスピースに乗せます

 この時ただ息を吹いても

 鳴りませんよ

 ゆっくりやさしく

 針の穴に息を通すように

 


タヅクリは

この街に来る前に

ダンジョウに言った一言を思い出した

自分が言った言葉が

まさか自分に返ってくるとは

予想していなかった

 


 ぷしゅー

 


言葉で聞くのは簡単だが

実際にやってみると難しい

ただ、少しだけ

音が鳴ったような気がした

 


 タヅクリさん

 口の両端が空きすぎています

 もう少し窄めてください

 


タヅクリは

マスターに言われた通り

口を窄めて

もう一度吹いてみた

 


 ぷわん

 


先ほどよりも

音らしい音が出せた

 


タヅクリは

自分のこころが

何か柔らかいものに

包まれた気がしていた

 


── 初めて出せた音、地底帝国の詩。

初期衝動のままに【17-1-4】

タヅクリはそのまま

Rubbスタンドで寝てしまっていた

砂金時計は

早朝の時刻付近で流れ落ちている

 


 ワシとしたことが

 酔い潰れて寝てしもうたわい

 マスター、すまんのう

 迷惑かけてしもうた

 


 いえ、良いんですよ

 わたしはいつもずっとここに

 居りますので

 


 ユヴァくんは

 流石に帰ってしもうたよのう?

 


 そうですね

 しかし

 ほんのさっきまでは居ましたよ

 タヅクリさんが

 Rubbの音楽に興味を示してくれたことが

 とても嬉しかったみたいで

 ずっと喜んでおりました

 


 ワシは好奇心だけは

 殺さないように心がけてはいるのじゃが

 いかんせん

 この年頃になると

 なかなか痺れるものにも

 出会いづらくはなるの

 久々に電流が走ったわい

 


 それはよかった

 ユヴァさんもきっと喜びます

 

 それと…

 あの楽器を教わりたいのじゃが

 

 あの楽器はロクソフォンと言います

 もっぱらロックスと呼ばれております

 彼みたいには吹けませんが

 私も教えるくらいは出来ますよ

 


 本当か!

 是非お願いしたいものじゃ!

 


 そう言えば

 使っていないロックスが

 あったような…

 


マスターは

奥の部屋に行くと

色褪せて埃の被ったロクソフォンを

取り出して来た

 


それを綺麗に磨き上げると

玉虫色に輝きを放った

まるで甲虫のようだ

 


 新しいマウスピースをつけて、と

 どうです?綺麗でしょう?

 


タヅクリはそれを受け取ると

なんとも言い難い表情になった

 


── 何かを始めるのに年齢なんて関係ない、地底帝国の詩。

筋力トレーニング【17-1-3】

テンムスが

オーディション会場に着いた頃

ダンジョウは…

 


ぼぼぼっ…バシュ〜っ!

 


 で、出来た…!

 


遂に心力グローブの作り方を

体得したのだった

 


 やるじゃねぇか

 やっとスパーに入れるな

 と言いたいところだが

 現チャンピオンは

 なかなかの素早さだ

 そしてウエイトもあると来た

 体重移動をグローブに

 そのまま乗せることで

 破壊力を倍増させるんだ

 生半可なガードじゃ

 却ってダメージになっちまうぜ

 


 じゃあどうすれば良いのさ

 


 オレがとっておきの秘策を用意してるから

 先ずは身体造りからだな

 そんなヒョロヒョロじゃあ

 簡単に骨が折れちまうぞ

 


ダンジョウは

ニヴィタシィに連られて

ある場所へやって来た

 


 ここは?

 


 オレの秘密の特訓場だ

 ウエイトトレーニングの機器が

 より取り見取りだぜ

 


ニヴィタシィは自慢げに言った

まるで子どものころに遊んだ

アスレチックのような器具が

たくさん置いてあって

ダンジョウはなんだかワクワクした

 


 す、すごい…!

 これ全部トレーニング出来るの?

 


 あぁ、そうさ

 先ずは下半身のメニューからだ

 アメリケンに於いて

 体幹はチョー重要だからな

 

ダンジョウは

バーベルスクワットから始めた

 


 うわ…これ実際にやるの初めてだよ

 


機器の一切は石造りだった

しかしながら精巧に出来ており

安全性も問題なさそうだ

 


ダンジョウは

5kgの重りを両サイドにつけ

バーを担いで腰を下ろした

 


 おい、どうした?

 上げてみろ

 


ニヴィタシィは

ダンジョウを鼓舞したが

彼はそのままの姿勢で

固まってしまった

 


 上がらない…

 


 おいおい!

 今までどうやって困難を切り抜けて来たん 

 だよ?!

 


── 運も実力のうち、地底帝国の詩。

ヴリテリーとリンゴス【17-1-2】

ヴリテリーは

手元の砂金時計を見やると

途端に焦り始めた

 


 まずい!こんな時間だ!

 急がなくちゃ!

 

テンムスも

カンローニに手渡された

砂金時計を見た

 


ヴリテリーは

勾玉に心力を

ありったけ注ぎ込み

マシンを加速させた

途中、警察に追いかけられたが

なんとか撒いた

テンムスはその最中

サングラスをかけて

正体がバレないよう努めた

 


裏路地へ回り込むと

ゴミを蹴散らしながら

マシンは駆け抜けた

基本的にはオープンカーなので

飛んで来たゴミが

ふたりに直撃していた

 


テンムスは

操縦に必死なヴリテリーを見ると

それ以外の動作を行う余裕は

なさそうだったので

マシンに

心力のバリアを張った

ちょうど幌が覆った状態になった

 


 サンキュー、リンゴス

 これでジャンクのゴミ塗れに

 なることはなくなったよ!

 


 これらは食べものなのかしら?

 


 アンタここのヒトじゃないのかい?

 それならオーディション終わったら

 ジャンク食べに行こうよ!

 


 楽しみ!

 


テンムスは目を輝かせた

心力バリアは

ジャンク塗れになったが

テンムスとヴリテリーは

しっかり綺麗なままだった

 


ゴミ溜めの路地裏を抜けると

オーディション会場の

劇場が見えて来た

 


 よし!

 なんとか間に合いそうだ!

 


ヴリテリーは

マシンを路上駐車して乗り捨てた

 


 ここに停めといていいの?

 

 いいのいいの!

 ちょっとの間だからさ!

 


ふたりはオーディションへ向かった

 


── 試練の始まり、地底帝国の詩。

 

モーレツなヒッチハイカー【17-1-1】

リンゴスことテンムスは

あるショーの

オーディションに向かっていた

西の都市で利用した

イモムシカーならぬ

牛カーが道路をひっきりなしに

走っていた

 


カンローニから聞かされた方法を

テンムスは試してみた

親指を天に向け

少し歩道から身を乗り出す

そうするとマシンが停まってくれる

はずだったが

どれも彼女の目の前を

素通りしてゆくばかりだった

 


 もう!

 どうして停まってくれないの?

 やり方が悪いのかなぁ

 


テンムスは色々な方法を試してみた

ちょっと親指を唇に当ててみたり

身体をくねらせてみたり

極め付けは

マシンの風圧を利用して

スカートを靡かせるのだ

 


よそ見したマシンが

何台か玉突き事故を起こした

 

 

 

 乗ってく?

 アンタもオーディション?

 


玉突きしたマシンを避けて

後ろから新たな牛カーが

躍り出て来た

操縦者は女性だ

 


 えぇ、いいの?

 

 もちろん

 旅は道連れとよく言うでしょう?

 


 ありがとう

 お言葉に甘えさせていただくわ

 


 わたしの名前はヴリテリー

 わたしも女優を目指してるの

 ヨロシク

 アナタの名前は?

 


 わたしはテン…リンゴス

 どうしてオーディションを受けると

 分かったの?

 


 そりゃあ

 他所行きでも無いし

 普段着でもないでしょう?

 この街でそれ以外の服ったら

 オーディションしかないじゃない

 あと、わたしカンが鋭いの!

 


ふたりはすぐに打ち解けた

テンムスは

シルヴィ以来の友だちが出来て

嬉しかったし、心強かった

 


── 持つべきものは友、地底帝国の詩。